相続税申告上、被相続人のリース契約(リース債務)は、債務控除として計上しない根拠は?
問題の所在
以下の事例:
・相続開始日は、令和4年2月18日。
・被相続人が貸アパートの自宅用の自室に、防犯設備のリース契約をリース会社と契約しており、毎月リース料を支払っていたよう。
・税理士的には、6月の最初のヒアリングのときに相続人から「警備の債務がある」と言われ、「では、相続開始日時点の債務がいくらか証明書をgetしてください」と再三言ったが、スルーされ、督促の督促をしていたら、11月25日付けの、リース会社からの買取請求書と内訳を受け取った。
本件については、以下の点が論点である:
- 買取金額が記載されている買取請求書の日付が、相続開始日からズレている。
- 買取請求書は、そもそもリース債務の残高証明書ではない。
- リース契約に伴い、被相続人はリース債務の返済義務を負うと同時に、リース資産を使用している(所有権はリース会社にある)→ リース資産の側の評価は?
- ファイナンスリースのリース資産、リース債務の評価金額は、詳細な資料があればgaapによる企業会計上の評価も可能かもしれないが、そもそも相続税法上の資産等の評価基準は財産評価基本通達であり、企業会計上の評価結果が相続税法上の評価に単純流用はしない前提であり、それができる保証はない
- その財産評価基本通達上では、リース資産及びリース債務に関する評価方法の定めはない。
- 買取請求書の債務支払いは、相続人が当該リース契約を継続していれば全額の履行は生じなかったのであるから、条件付債務ともいえる。
- 書店にある相続税の専門書で、リース債務(リース資産)に触れているものはない!
- 相続税の債務控除でググったところ、以下の記事以外にはヒットしない。
- そのヒットしたものがこれ:
検証・所有権移転外ファイナンス・リース取引の相続税評価(2011年11月28日号・№428)
https://www.sn-hoki.co.jp/article/tamasters/ta20111/(以下、一部抜粋)
リース債務は、リース期間にわたり、いずれはその全額を支払うことが予定されているものであるうえ、一般的なリース契約では、中途解約が行われた場合、借手はリース会社に対し、リース債務残高相当額の違約金という“確定的な債務”の支払いを求められることになる。これらの点を踏まえれば、リース債務を「確実な債務」ととらえて、リース債務を簿価で評価するべきという考え方もあり得る。
その一方で、中途解約が行われた場合に違約金の支払いを求められるということは、逆にいえば、「中途解約をしない限り違約金の支払義務は発生しない」ということでもあり、この点からすると、中途解約をしない限り違約金の支払義務が発生しないリース債務は「確実な債務」とはいえないとの見方もでき、この場合、リース債務は従来どおり評価対象にはならない(ゼロ評価)とも考えられる。 - 知人の会計士税理士に質問したところ、「うーん、オレなら、債務控除額は上の買取請求書の金額そのままにし、リース資産を5万円程度計上して、これで許して―という感じ」
結論
リース債務は、相続税法第14条第1項の「(前条の規定によりその金額を控除すべき債務は、)確実と認められるものに限る。」に該当しないと考えられるため、債務控除に計上しない。
第十三条 相続又は遺贈(包括遺贈及び被相続人からの相続人に対する遺贈に限る。以下この条において同じ。)により財産を取得した者が第一条の三第一項第一号又は第二号の規定に該当する者である場合においては、当該相続又は遺贈により取得した財産については、課税価格に算入すべき価額は、当該財産の価額から次に掲げるものの金額のうちその者の負担に属する部分の金額を控除した金額による。
一 被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(公租公課を含む。)
二 被相続人に係る葬式費用
2 相続又は遺贈により財産を取得した者が第一条の三第一項第三号又は第四号の規定に該当する者である場合においては、当該相続又は遺贈により取得した財産でこの法律の施行地にあるものについては、課税価格に算入すべき価額は、当該財産の価額から被相続人の債務で次に掲げるものの金額のうちその者の負担に属する部分の金額を控除した金額による。
一 その財産に係る公租公課
二 その財産を目的とする留置権、特別の先取特権、質権又は抵当権で担保される債務
三 前二号に掲げる債務を除くほか、その財産の取得、維持又は管理のために生じた債務
四 その財産に関する贈与の義務
五 前各号に掲げる債務を除くほか、被相続人が死亡の際この法律の施行地に営業所又は事業所を有していた場合においては、当該営業所又は事業所に係る営業上又は事業上の債務
3 前条第一項第二号又は第三号に掲げる財産の取得、維持又は管理のために生じた債務の金額は、前二項の規定による控除金額に算入しない。ただし、同条第二項の規定により同号に掲げる財産の価額を課税価格に算入した場合においては、この限りでない。
4 特別寄与者が支払を受けるべき特別寄与料の額が当該特別寄与者に係る課税価格に算入される場合においては、当該特別寄与料を支払うべき相続人が相続又は遺贈により取得した財産については、当該相続人に係る課税価格に算入すべき価額は、当該財産の価額から当該特別寄与料の額のうちその者の負担に属する部分の金額を控除した金額による。
(以下略)
理由
以下の①②による
① 前受家賃との比較(私見の類推適用)
以下の専門書のp247で、「前受家賃は敷金・保証金とは異なり、賃借人に返還する義務はなく、確実な債務ではないため、債務控除は出来ません」の旨の記述がある。
*税理士が押さえておきたい 地主・不動産オーナーの相続発生後 関与の勘所 単行本 – 2021/11/2
ここで、リース債務と前受家賃の債務性について比較考量するに、リース債務の債務性については上の「問題の所在」のところで挙げた論文でも疑義のある旨が示唆されていることに鑑みれば、リース債務が有する債務性の確実性は前受家賃のそれよりも劣るとも評価しうる。
そして前受家賃が相続税法上、債務控除できない以上、いわんやリース債務も債務控除はできないと解し得る。
以上の結論は、
- 上で「この論点について専門書で解説されていない」のは、シンプルに考えればこうであり、敢えて論点に取り上げるまでもない、と考えられているためと推定する。
- 上で、リース債務の債務控除の余地を肯定しているに記事の論旨とは矛盾するが、少なくとも、少数説と解する。
➁ 株価評価におけるリース資産及びリース債務の財産評価
以下の記事は、ダイレクトにリース債務ではなく、株価評価におけるリース資産及びリース債務の財産評価を検討しているが、参考になる:
株価評価におけるリース資産及びリース債務の財産評価
http://mikiyasuzeirishi.com/2019/01/06/kabukahyoka-5/
(以下、一部抜粋)
取引相場のない株式の財産評価における純資産価額の計算において、貸借対照表に計上されているリース資産及びリース債務をどうるすか?
具体的には、リース資産及びリース債務をそもそも評価する必要があるかどうか。評価するとしたらどうするかが問題となります。
(筆者途中略)
私自身は、上記の裁決事例を準用して、株価評価におけるリース資産及びリース債務の評価は不要と解しています。
上記裁決事例を踏まえると、会計上(法人税法上)貸借対照表に資産計上されているリース資産には相続税における財産性がなく、負債計上されているリース債務には債務性がないと考えられるためです。
ちなみに、法人税法上の未決済デリバティブ資産・負債についてて株価評価上どう取り扱うかについては、国税庁の質疑応答事例があります(金利スワップ(デリバティブ)の純資産価額計算上の取扱い)。
こちらの質疑応答事例からも、法人税法上は資産・負債として認識するものであっても、相続税法上は財産・債務として取り扱わないものがあるというのを再確認させられる事例です。
なお、相続税基本通達14-1には、
(確実な債務)
14-1 債務が確実であるかどうかについては、必ずしも書面の証拠があることを必要としないものとする。
なお、債務の金額が確定していなくても当該債務の存在が確実と認められるものについては、相続開始当時の現況によって確実と認められる範囲の金額だけを控除するものとする。(昭57直資2-177改正)
とあるが、当事例では、書面にリース資産の評価額が不明である以上、「精算した金額が直ちにリース債務でその額を直ちに債務控除する」では、債務控除額が過大すぎる蓋然性があるので、当該通達は適用し得ないと考える。
補足
上の事例で、債務控除しないことについて、税理士から相続人へ説明する際には、
・督促しても未提出だったり、買入請求書の証拠力云々は触れない(専門的で分かりにくいため)
・「買入請求書を見て、ファイナンスリース物件だとわかり、それは相続税法、確実性のない債務なので債務控除できないのです」とだけ端的に伝える。
万が一、グダグダ言われたら、、、、その時は、「買入請求書の類をもっと早く提供してもらえたら、もっと早くに回答できましたが、それを怠ったのはあなたです」と言い放つ(?)。
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