妻が被相続人で、夫が妻に対して生前、債権を有していた場合、それは被相続人の相続財産上、債務としてカウントできるのか?

問題の所在

以下の事例を検討する:

・夫と妻と娘2名。被相続人は妻。相続人は夫と娘2名。

・夫と妻が世田谷区内に、自宅とアパート物件(貸家建付地、土地と建物)を、各々、共有で保有していた。

・自宅もアパートも銀行借入金の残高が、向こう4年ほど残っている。

・生前、妻はアルコール依存症で夫に対して損害賠償請求で裁判中であった。

・遺言書があり、一切の財産を娘二人に半分ずつ遺贈する旨である。

・夫の遺留分は(別の記事で検討した通り)25%である。

・夫は自宅の被相続人の持分(+銀行借入金)を相続することを希望しているが、(相続税評価額ではなく)公示価格等の時価ベースだと、約48%と試算されている。

・そこで夫は、自身の遺留分を少なくとも25%以下にするために、「生前の妻に対する債権を、遺産分割協議上、被相続人の債務にカウントする」ことを企図している。

・この点に関し、次女が、夫(父親)へ、

  • 自分の夫が知人の弁護士が、「夫婦間の債権債務は、配偶者が死亡したら消滅する」と言っている。
  • だから、超過3%分に見合う現金約800万円を代償するか、数%、自宅の持分は共有にする

と言われている。

。。。。。。。。。。少なくとも、当該弁護士のコメントは正しいのか?

★本来、当該弁護士のコメントの当否は、法律論なので、夫の弁護士に聞くのがベターである。

以下では税理士的なコメントである。

結論

平成25年3月4日の国税不服審判所の裁決を前提にすれば、当該弁護士のコメントは、具体的な条文等を根拠にしたものではなく、不当である。

つまり、夫の妻に対する債権は相続開始後も原則として有効である。

ただし、相続税確定申告書の作成担当税理士としては、この債務を申告書に記載し税務署に是認してもらうためには、私見では、

(1) 金銭消費貸借契約書(=借用書)が作成されている
(2) 一度でも、妻からの入金が銀行に振り込まれている

が不可欠であると考えるところ、この事例では、両方とも欠けているため、相当困難であると考える。

 

理由

夫婦間の金銭貸借についての論点は、①贈与に該当するか、②相続財産のカウント上、債務控除の対象になるか、の2つが論点になるようである。

この両者についてコメントしている記事は以下の2つ:

1)

【相続税】夫婦間の金銭貸借は債務控除の対象となるか

平成25年3月4日の国税不服審判所の裁決を使って検討している。

事例の概要自体は上の引用リンク先をご参照。

この裁決では、税務署が敗訴している。不服審判所の判断の要旨は、=====以下。

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(国政不服審判所の判断)
イ 本件各借入金債務の存否について
本件各金員の支出に関して、金銭消費貸借契約証書等の書類の作成はなく、また、返済方法、返済期限及び利息等の明示的な取決めは行われていない上、本件各入金日から本件相続開始日までの間、本件被相続人が相続人らに対して本件各金員に係る返済をした事実はなく、相続人らが本件被相続人に対してその返済を催促した様子もうかがわれないことからすれば、本件各金員の支出が返還を要しないもの、すなわち相続人らから本件被相続人に対する贈与であった可能性を否定できないことはない。しかしながら、他の事実関係を総合的に判断して、相続人らから被相続人に対する本件各金員の支出が本件被相続人に対する本件各金員の贈与であったとみるのは困難であり、本件各金員は、相続人らが答述するとおり、相続人らから本件被相続人に貸し付けられたものであると認めるのが相当である。
また、本件各金員の授受が親子夫婦間で行われたものであり、その方法も口座振替等によっていて資金移動の経過が明確にされていることや、本件被相続人の当時の年齢に照らして将来遠くない時期に到来するであろう相続開始時に本件各金員が最終的に清算されるものであることなどからすれば、本件各金員の授受について金銭消費貸借契約証書等の書類が作成されず、本件各金員の返済方法、返済期限及び利息等について明示的な取決めがされなかったとしても、不自然ではない。

ロ 本件各借入金債務の履行の確実性について
本件各借入金債務は履行が確実な債務か否かであるが、
(イ)本件各金員は、H病院の医業収入が減少したことから、本件被相続人の銀行借入金の返済の負担を軽減するために、本件被相続人に貸し付けたものであり、本件各金員に係る貸主と借主が相続人と被相続人の関係にあること、また、本件被相続人は本件各入金日当時7X歳であったことからすると、本件各金員の返済については、本件被相続人と相続人らの間において、H病院の業績の好転を待って返済するものとし、最終的には、本件被相続人の死亡時に相続人らが本件各借入金債務を相続することにより清算する旨の黙示の合意が成立していたものと認めるのが相当である。
(ロ)そうであるところ、本件各入金日後もH病院の業績が好転することはなかったため、本件被相続人が死亡するまで本件各金員が返済されることはなかったが、本件相続開始時において本件被相続人には積極財産も存在し、相続人らは、遺産分割協議により、本件被相続人の相続財産(積極)を相続するとともに、本件各借入金債務を相続することによりこれを清算しているのであるから、本件相続開始時において、本件各借入金債務を返済(履行)することは十分可能であり、本件各借入金債務は、履行が確実な債務であったと認めるのが相当である。
また、本件相続開始日において、相続人らが本件各借入金債務に対応する債権を放棄する合理的な理由はなく、放棄したとする証拠も認められない。さらに、以上認定説示したところによれば、本件各借入金債務に係る金銭消費貸借契約をH病院の業績の好転を停止条件とする金銭消費貸借契約であるとみることもできず、本件各借入金債務を自然債務であると解する余地もない。
以上のとおり、本件各借入金債務は、本件相続開始日において、履行が確実な債務であったと認めるのが相当である。
ハ 結論
以上のとおり、本件各借入金債務は、本件相続開始日において現に存在し、かつ、履行も確実であったと認められることから、債務控除すべき債務に該当する。

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また上の記事では、末尾に以下のように記載している(¥¥¥¥以下に一部引用)

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このように、夫婦間、親族間の金銭消費貸借は、契約書がなく、返済期間、返済額、金利等の取り決めがなく、また返済実績もないことが多く、税務署としては債務控除の対象となる債務としては認めたくない傾向にあります。

逆に言えば、債務として認めるさせには、金銭消費貸借契約書を作成し、返済期間、返済額等を取り決め、契約に基づき返済している実績をつくることです。

契約書、返済実績がなくても裁決例のように債務控除の対象となる債務として認められることがありますが、税務署との争いの原因となります。

筆者の私見では、要は、1)債務が存在しているか、2)債務の履行の確実性、が争点である。

これを冒頭の今回の事例に当てはめると、上の1)、2)が以下のようであれば、債務控除は可能と考える:

1)→裁判の過程で、債権の存在を、弁護士が資料化できている

2)→妻は夫と係争中であるから、支払の意思はないであろう。そうすると、裁判自体も原告死亡で終了している以上、債務の履行の確実性を立証し得るのは、夫の担当弁護士の所作によるところが大きいと考える。

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2)

親族からの借入金は相続財産から引けるか?【相続税解説】

上の記事では、上の結論に触れた、

(1) 金銭消費貸借契約書(=借用書)が作成されている
(2) 一度でも、妻からの入金が銀行に振り込まれている

を主張して是認された事例が紹介されている。

 

補足

そもそも、対税務署ではく、遺産分割協議の中で、遺留分について、このような議論をすることはいかがであろうか?

寄与分なども考慮して、その超過分3%を納得することもあると思うが。。。。

(被相続人の遺言書の意思をできるだけ反映してあげたいという娘の気持ちもあるのかもしれないが。。。)